シマリスとストレスを考える
〜その1〜


■ ストレスって何?

現代社会では、何だかはやり言葉みたいに「ストレス」という言葉がよく使われています。ところでストレスってどういう意味なんでしょう?なじみのある言葉ほど説明できなかったりするんですよね。話を進める前に、ちょっとここで定番の『広辞苑』をめくってみることにします。

ストレス
  1. 省略
  2. 省略
  3. 〔医〕種々の外部刺激が負担として働くとき、心身に生ずる機能変化。ストレスの原因となる要素(ストレッサー)は寒暑・騒音・化学物質など物理科学的なもの、飢餓・感染・過労・睡眠不足など生物学的なもの、精神緊張・不安・恐怖・興奮など社会的なものなど多様である。
  4. 俗に、精神的緊張をいう。「―がたまる」

新村出編,1998『広辞苑 第5版』岩波書店

うーん、なるほど。わかったような、わからなかったような。つまり、ストレスというのは、外から何らかの刺激を受けたときに体が変化して、頭とかおなかが痛くなったり、イライラしたり、そういうことなわけですね。そして、体に変化を加える要因をストレッサーと呼ぶみたいですね。以下では、ストレッサーを、寒い・暑いとか騒音といった《物理的な刺激》(生理的ストレス)と、苦しみとか恐れといった《精神的な刺激》(心理的ストレス)の2つにわけて話を進めることにします。

それでは、ストレスがあるとどうなってしまうのでしょうか?「病は気から」と言われますが、人間の場合、ストレスは体内の能力を低下させて様々な病気を引き起こす原因になっているようです。具体的には、ウィルスやがん細胞に対する免疫が低下したり、また現に病気の治療をしているときにはその治療効果そのものを減少させたりということが起こってしまいます。それはシマリスにとっても同じことでしょう。ストレスがあるとこうなる、と一概に言うことはできませんが、できるなら無用なストレスからは解放させてあげたいものです。


■ ストレスの要因

では、ストレスを引き起こす《物理的な刺激》とか《精神的な刺激》というのはどういったものなのでしょうか。飼育下では、本来野生動物であるはずのシマリスが、自分より大きな生物(人間)の手で変な環境に閉じ込められて自由な生活が疎外されているわけで、自然にはない未経験のストレスがたくさんあっても全然おかしくないですね。うむむ・・・ (-_-;;

《物理的な刺激》という点でよく指摘されるのが、夏期の暑さとか冬期の寒さです。シマリスはそもそも涼しいところに棲んでいる生き物なので、やっぱり夏に暑すぎるのは相当なストレスだろうな、っていうことは容易に想像できます。それじゃぁ、冬は?シマリスは寒い地方に棲んでいるから寒さに強い?ご存じのように、シマリスは冬の寒さを冬眠することで乗り越えるわけで、寒さに対して耐性があるわけじゃないんですよね。飼育下では冬眠させないのが原則ですので、やっぱり冬に寒すぎるのもよくない、ということになります。

じゃぁ温室でも作って、一年中温度差がほとんどない環境にしようか・・・というのは発想が極端な話ですので、もちろんそんな必要はないですよ(笑)。ストレスというのは、一般的に継続して受けていると、ストレス物質に対する耐性が養われます。だから、あまりストレスから遠ざけて飼育していると耐性が養われなくて、ちょっとした物理的な環境の変化で大きなストレスを受けて病気になってしまう、なんてこともあるわけです。要するに、どうするにしても極端なことはよくないということですね。

と、《物理的な刺激》についてちょっと書きましたが、《物理的な刺激》から受けるストレスについては「ストレス」という言葉を借りなくても気がつくことが多いものです。ですので、とりあえずここで書くことはこれくらいにしておきたいと思います。問題は《精神的な刺激》ですよね。「ちゃんと飼ってる」《つもり》なのに病気になっちゃった!!病院に行っても原因がさっぱりわからない。もしかしてストレス?でも、ストレスを感じるような飼い方はしてないはずなのになぁ??でも何か悪いことしちゃってるかなぁ???そう感じることもあるかもしれません。

・・・というわけで、何かのご参考にしていただければと思いまして、以下では《精神的な刺激》から受けるストレスについて、思ったことを書いてみたいと思います。以下に書いていることはあくまでも、たとえばこんなストレスもあるかもしれない、という一つの考え方です。決して正しいことを書いているわけではありませんので、そのへんはご容赦くださいませ。


■ 心理学的考察

シマリスは言葉を語ってはくれません。顔の表情もイヌのように豊かではないし、ネコのように目の瞳孔や耳の向きなんかが明らかに変化する、なんていうわけでもありません。それに、シマリスと人間は違う生き物ですので、人間の気持ちで人間の立場から彼らの精神面をすべて解き明かすなんてことはしょせん無理な話です。

シマリスのことをよく分かっているつもりでも、それは人間同士の間で「これが正しいのだろう」と一般的に理解されていることを分かっているだけの話であって、シマリスのことを分かっているわけじゃないんですね。でもそんなことを言っていたらここでこの話は終わりになってしまいます。手をこまねいて待っているわけにもいきませんので、シマリスの気持ちについて何らかの《解釈》をして、それを羅針盤にすることでこれからの指針にすることにしましょう。

人間は、その時々の医学では解明できないような、人間の分かりづらい部分のメカニズムを解き明かそうとしてきました。その一つが心理学で、心理学は動物を使った様々な実験を繰り返してきました。ここではそんな古典的な心理学の中から、学習の基礎的過程である「古典的条件づけ」「オペラント条件づけ」を取り上げてみたいと思います。

ちなみに誤解のないように書いておくことにしますと、心理学というのは「人間」を科学する分野であって、決して動物を理解するための分野ではありません。実は、そんな心理学の分野では、動物の行動の意味を解釈する(擬人化する)ことはタブーとされています(モーガンの公準)。ですが、心理学と対立し、また触発して発展しあうことが多い動物学では、かの日高先生(動物行動学)がこんなこと言われたりもされています。

動物に心があるか、ないか、あるいは、イヌにまではあるがネコにはないとか、哺乳類・鳥類にはあるが魚にはない、などと結論づける必要はまったくない。むしろ、憶せず人間とのアナロジーを使ってものを表現しながら、もしかするとその表現はまちがっているかもしれないという留保を忘れぬようにするほうが、ずっと発見的であろう。

動物たちは「こわがって」もよいし、「威張って」もよい。何かを「目論んで」もよいし、事態を「理解して」いてもよい。つまりわれわれは、かれらがそのようにしているのではないかなと仮定して、かれらを見、また表現しても、いっこうにかまわないということである。なぜならそれは一つの仮定であるのだから。

(日高,1981,1990)

ところで私たちは、シマリスのことがわかりたいだけで、シマリスを通して人間を理解したいわけじゃないので、このあたりのポリシーは動物学のほうが参考になるような感じですね。私たちも、憶せずに自由にシマリスの行動を解釈(擬人化)しながら彼らを観察・表現していくと、またいろいろな発見があると思います。もちろん、「その表現はまちがっているかも」しれませんが・・・。

要は、「こう考えるべき」といった偏った考え方に支配されないで、広い視野でシマリスを見てみることが大切というわけですね。解釈(擬人化)しないといけないというわけでもないし、だからと言って解釈(擬人化)しちゃいけないというわけでもない。自由に解釈(擬人化)しながらシマリスと楽しく健全なパートナーシップを保っていくと何かが見えてくるかも、ということなんですね、きっと。

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