シマリスくん、今日も頑張る

〜 続・日本に侵入したシマリスたち 〜

■ 侵入種と在来種の生存競争

侵入種は人間がもたらすものです。ですので、侵入種によって人間が直接被害を受けることについてはここでは考えないことにします。人間のせいで変な場所に連れて来られて、侵入種だって困っているのですから。侵入種による被害は自業自得でしかないのです。

侵入種がまず問題となるのは、日本在来の生物との生存競争でしょう。生存競争となると、侵入種のほうが何だか日本の動物よりも強いような気がしないでもありません。人間が介入して動物が移動すると、彼らのすべてが新天地に定着することができるのでしょうか?すべてとは言い過ぎかもしれませんが、生き残れない動物も中にはいるけど、だいたいは生き残ることができるのでしょうか?

残念ながら、これの質問には「否」と答えるしかありません。侵入種の記録を見ていると、なんだか日本在来の動物を脅かす動物ばかりな気もします。ですが、これは“侵入できた”から記録になっているに過ぎません。その背後には、その何倍もの侵入できずに生き絶えてしまった動物達がいることを忘れてはならないでしょう。


■ タイワンリスはニホンリスを駆逐する?

有名な日本の侵入種の中の一つに、ご存じタイワンリスがいます。伊豆大島を始め、江ノ島(神奈川県)、金華山(岐阜県)などが有名な観察場所となっています。これらのタイワンリスは生存競争でニホンリスを駆逐してしまうのでしょうか?タイワンリスが日本で野生化しはじめたときにはそのような悲観的な意見が多かったようです。

宮下和喜先生は1977年の時点で刊行されたご著書の中で次のように述べられています。

もしこれらが今後分布範囲を拡大しだすと、“タイワンリス”の方が“ニホンリス”より明らかに体格が勝っているので、ニホンリスの方が、たちまち追い払われてしまう可能性があると考えられる。
出典: 宮下和喜『帰化動物の生態学』 講談社 1977 p.145

ただ、このことについてはあまり心配する必要はないようです。1990年刊行のご著書で中村一恵先生が次のように述べられています。

タイワンリスが、在来のニホンリスを駆逐してしまうのではないか、今でもそう思っている人もいるようだが、これは濡れ衣を着せるに等しい。彼らが、実際にニホンリスと出会っているかどうかさえも疑わしい。
出典: 中村一恵『スズメもモンシロチョウも外国からやって来た』 PHP研究所 1990 p.236

中村先生(同著)によりますと、可哀相なことに、日本の気候風土ではタイワンリスの繁殖力は弱くなってしまっているそうです。また、鎌倉(江ノ島)のタイワンリスの場合は、鎌倉の豊かな緑に「かろうじて生き残っている」にすぎなくて、給餌する人間にもかなり依存しているということです。

鎌倉のタイワンリスは、何らかの手段で横浜市にも移動していて、私の家ちのすぐ近くの横浜自然観察の森(円海山)でもごくごくわずかですが生息しているようです。確認できるのは古巣くらいで、なかなかその姿を見ることはできないようですが、いつかはこの目で見てみたいなと思っています。

タイワンリスは自分に不利な日本という気候風土の中で、一生懸命に頑張って「かろうじて」生きながらえているようです。人間のエゴで棲む場所を変えられてしまったタイワンリスたち…。せめて、人間のせいで、また今よりも生活環境が悪化しないこと、それだけは切に願っています。


■ シマリスはニホンリスを駆逐する?

タイワンリスが日本にはびこることはどうやらなさそうです。と言うよりも、細々と頑張って生きている、というのが現状のようです。それでは、シマリスはどうなのでしょうか?下の図表は、大日本猟友会が1980年に実施した聞きとり調査の結果を山口佳秀先生が地図に描かれたものです。

シマリスの分布
聞き取り調査によるシマリスの分布(山口佳秀)
(大日本狩猟会、1982による資料から描く)
出典: 中村一恵編 『特別展 日本の帰化動物』 神奈川県立博物館 1988 p.51

この図表を見ると、北海道にしか生息していないはずのシマリスが、実に日本中で野生となって目撃されているのがわかります。こうなってくると、シマリスがニホンリスと出会うということがないとは言えなくなってくるかもしれません。シマリスとニホンリスの生存競争は生じうるのでしょうか。

これに対しては、宮下先生は次のような否定的な見解をされています。

ペットとして飼われる“チョウセンシマリス”も、最近新潟県の弥彦神社や山梨県の富士森林公園などをはじめとするかなり多くの場所で見かけられるようになっているが、これの方はニホンリスとは少し違って、おもに地上で生活するという習性が強いので、ニホンリスと重大な生存競争関係に陥ってしまう可能性は、少ないのではないかと考えられる。
出典: 宮下和喜『帰化動物の生態学』 講談社 1977 p.146

シマリスはニホンリスとは違って単独行動をとる動物ですし、群れと群れが競合するということもないので、シマリスとニホンリスが直接生存競争の関係になることは、宮下先生がおっしゃるように、ないのではないかと思います。


■ シマリスの日本への侵入は進行するか?

シマリスは、ペットが侵入した数少ない哺乳動物として北海道以外の地域に生息しているには違いないようです。ですが、野生化したシマリスについての話はそれほど多くは聞きません。シマリスを人為的に侵入させる試み(移殖)もいくつか行われはしたようですが、どれも失敗に終わっています。シマリスはどこまで日本に侵入することができるのでしょうか?

これに対しては、山口佳秀先生が次のように述べられています。

逃げ出したり、捨てられたりして野生化するシマリスはかなりいると思われるが、そのわりには、爆発的な増え方は認められないようである。地下に営巣して冬眠するために、ドブネズミなどに食われてしまうものも少なくないらしい。チョウセンシマリスの場合は、天敵も多く、帰化獣として日本にいすわってしまうようなことは、現在のところないようである。
山口佳秀「タイワンリスとチョウセンシマリス」(飼育動物・ペットの野生化)
出典: 中村一恵編『特別展 日本の帰化動物』 神奈川県立博物館 1988 p.53

どうやら、せっかく野生化しても、シマリスは繁殖する前にネコなどの天敵に食べられてしまったりして、完全には侵入しきれないでいるようです。


■ 野生化するシマリスの数はどのくらいか?

では、野生化するもともとの数が少ないのでしょうか?これに関しては、かなりの数に上ることが予想されます。

一つのペットショップに入荷されるシマリスの数を見ると、日本全土で毎年万単位の数のシマリスが輸入されているように思います。少ないときでも、数千匹のシマリスが毎年日本に輸入されていることは間違いないでしょう。そして、数が多いことから、リスの中では破格とも言える値段で売られることになります。どれでもいいんだけど安いから買ってみた、という衝動買い組が多いのもそのためと言えます。

衝動買いをされた飼い主さんの中には、とてもしっかりされている善良な方も多々いらっしゃいます。しかし悲しいことに、大半はシマリスにとって非常に過酷で悲惨な育て方しかできない飼い主さんであるのが事実です。雑食性であるはずのシマリスなのに、買われてからひまわりの種しか食べていないという過酷な状況を強いられるシマリスも、多数派ではないにしろ相当数います。安いがために不幸な運命をたどるシマリス…。安いがために粗悪に扱われてしまうのは、“モノ”だけであってほしいものです。

もちろん、そういった飼い主のすべての方が悪いというわけではありません。知っていたらちゃんと育てていた、という悪意のない方が大半だろうとは思います。飼い主のほうだって、身近な獣医師もシマリスを買ったペットショップもロクにシマリスのことを知らず、これと言ったまともな飼育書も市販されていない、という過酷な状況がなきにしもあらずだからです。

シマリスの飼育は知識があれば決して難しいものではないのですが、知識がないがために、多くのシマリスが早々に死に絶え、そうでなくても、些細な不注意で逃げられてしまったり、持て余して捨ててしまったり、というケースは相当な数に登るものと思われます。日本に輸入されるシマリスの数を考えると、毎年数千、少なく見積もっても数百のシマリスが野生化しているのではないかと思います。


■ シマリスの侵入が進まないのはなぜか?

これほど多くのシマリスが毎年のように野生化しているのが事実だとしたら、今ごろは日本はシマリス列島になっていてもおかしくはないような気がします。しかし、それにもかかわらず侵入は進んではいないようです。いったいどうしたものでしょう?これを“侵入”と呼んでいいものでしょうか…。正直なところ、あまり“侵入”という言葉を使いたいとは思いません。他の生物を駆逐したり、動物相を撹乱したり、…といったことは愚か、自分自身の生活さえきちんと確保できていない、というのが野生化したシマリスたちの状況なのです。

宮下先生によれば、侵入できるか否かは、実は最初のあたま数は問題ではないそうです。では、シマリスはなぜ日本にはびこることができずにいるのでしょうか?そのためには、まず侵入できるための条件から考えてみたいと思います。

宮下先生は、「帰化動物の生態学」(1977)の中で、侵入に適している性質として次のような特徴を挙げられています(p.85〜100)。

  • 食物とする範囲が広く、強い雑食性を持つこと
  • 繁殖力が極めて強いこと
  • 農耕地のような人手の加わった土地に適応しやすいこと
    (害獣・害虫と呼ばれる動物)

こういった特徴をすべて兼ね備えている必要はなく、また、こういった特徴を一つでも持っていなければならないというわけでもなく、さらに、持っていたとしても侵入できないケースも多いようです。ただ、こういった特徴が侵入に有利だということは事実かもしれません。

シマリスのケースで考えると、シマリスはかなり強い雑食性を持っていると言え、またいわゆる害獣と呼ばれる動物でもあることから、侵入に適しているとも考えられそうです。

ただ、繁殖力という点では、単独で行動する性質を持ったシマリスには不利な点が多いようにも思えます。ある一定の数に到達できないと定着できるまでには行かないとすれば、シマリスは最初の関門で落第しているのかもしれません。繁殖力が極めて強いというわけではないにも関わらず天敵が多く、また、野生化する前までにロクな食事を採らせてもらえていなかったとすると、侵入しきれないでいるのもうなずける話です。


■ シマリスの侵入を考える

野生化したタイワンリスも頑張って「かろうじて生き残っている」ようですが、シマリスの場合はもっと深刻なような気もします。「かろうじて」さえも生き残れないシマリスたち…。

シマリスの日本への侵入は、誰かに飼われていたものが捨てられるか、あるいは逃げ出すか、といったことが原因で生じています。もし、粗悪な環境で育てられていた子なら、かろうじてでも自然の中で生きていられるなら、そのほうがあるいは幸せなのかもしれませんが…。

これから先も、毎年数多くのシマリスたちがペットショップに並び、そのうち数多くのシマリスたちが不幸な生活を強いられながら世を去り、そして、ある者たちは捨てられ、あるいは逃げ出して野生化していくことでしょう。「あむあむ」をご覧になって、もし飼い方が間違っていたとお気づきになられたら、今すぐにリスちゃんを幸せな方向に向きなおしてあげて下さい。

シマリスの飼い方は知識さえあれば、そんなに難しいものではありません。きちんと正しい知識をもてば、シマリスはまっとうな生涯を送ることができますし、持て余して捨てることもありませんし、不注意で逃げ出されることもなくなります。万が一逃げ出されてしまったとしても、飼い主の元に帰還させることだって可能性がかなり高くなります。

不幸にして(幸いなことに?)野生化してしまったシマリスたちはどうしていけばいいのでしょうか?彼らは、私達が想像する以上に、日本という環境の中で過酷な生活を強いられています。私は、そんな彼らにエールを贈ってあげたいと思います。

なお、中村先生はご著書の中で、次のような言葉をもって締めくくられています。

帰化という言葉を使ってはきたが、実は生物の長い歴史からみれば、軽々しくは帰化したなどとはいえないのである。人間が作り出した不安定な環境に、ともかくはガンバッテ生きている動物、それが帰化動物だ。
出典 : 中村一恵『スズメもモンシロチョウも外国からやって来た』 PHP研究所 1990 p.241

一瞬にして環境を変えてしまう人間…。在来の生物でさえ生きるのに窮屈な日本…。

シマリスたちは今日も頑張っています。頑張って、シマリス!!


【注】 なお、参考資料に「神奈川県立博物館」発行のパンフレットを使用していますが、同博物館の自然部門は1995年に分離、小田原市入生田に移転し、現在「神奈川県立生命の星・地球博物館」と名称を変えています。

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