第一話
 
目が覚めると窓の外、見慣れた木々の葉が光にキラキラ輝いていた
朝の光とはあきらかに違う強い光線が部屋に差し込んで
渚は自分が仕事を休んだことを思い出した

後ろめたいような、それでいて人が働いている時に休むという快感が
沸き起こったが、それも一時のことだった

渚が起きたのに気が付いた飼い猫がいつものように身体を摺り寄せてくるが
なぜか少しも抱きしめる気分にならないのだ

不用意な怪我をしてしまった自分に腹が立つのか、心がざわざわと動いている

渚は一年前、つまらない男に恋をした。

それは本当につまらない男だった。なぜ自分がその男を好きになったのか?
自分のどこにそんな男を好きになる「女」が潜んでいたのか

今でもそれは答えのでないまま・・・

そしてそのことで渚は身体にも心にも大きな傷を負った。
癒える事のない傷を抱きしめて、夜が来るのを恐れる日々が何ヶ月も続いた。
自分を傷つけた男に会いたいという気持ちが毎夜、渚を苦しめた

一年が経って心の傷には薄皮が張り
日々の生活でも笑顔を取り戻してきた来たある日

 不用意な怪我をして仕事を休むことになったのだ

 ベットの中、テレビを付けていつものようにぼんやりと見ていると
そこには自分とはかけ離れた世界が映し出されていた

 オリンピック・・・渚はスポーツとは無縁の生活を30年送ってきた。

 画面には女性のトライアスロンが映し出され、それはいつもなら
直ぐにチャンネルを変えてしまうようなの番組だった
渚はそれでもしばらく画面を見つづけていた。
その中には自分と同じ年代の日本人が小さな身体で頑張っていた。

トライアスロン!でもそれは気にもしたことのない言葉だった

 気が付くともうレースは終わっていて・・・
一体自分は今なにを見ていたのか?
心のどこか遠くで感じたことのない感情がうごき始めている

 自分のこの一年、いや生きてきた30年
なにをやってきたのだろう。なにが出来たのだろう。

 辛い気持ちに打ち勝つ為と家を出て一人で暮らし始めたのに
気持ちとは裏腹な毎日がただ過ぎていくだけだった。
タバコの吸殻がただ増えていくだけの生活だった

 「トライアスロンをやってみよう」渚は思った。
自転車も満足に乗れない、水泳などしたこともない
学校のランニング2を死ぬような気分で走った記憶だけ・・・

そんな自分がトライアスロンなど出来る訳がない
それは十分分かっていた。でも心はもう決まっていたのだ。
そこには気負いもなく、なぜか安らかな決心だった

そしてある日、トライアスロンが一人の男を渚の前に連れ来た。
それが渚のトライアスロンが動き出す瞬間だった。

 ただその日が訪れるのには、まだ半月という時間が必要だった

つづく